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最高裁判所第一小法廷 平成11年(許)26号 決定

抗告人

右代表者法務大臣

臼井日出男

右指定代理人

佐村浩之

他一三名

相手方

高嶋伸欣

右代理人弁護士

青木孝 石戸谷豊 鵜飼良昭 高田涼聖 岡村共栄

岡本秀雄 川原井常雄 本庄正人 小林將啓 佐久間哲雄

陶山圭之輔 小野毅 鈴木裕文 高橋理一郎 鈴木義仁

長瀬幸雄 杉井厳一 荒井俊通 石黒康仁 野村和造

大塚達生 岡村三穂 大河内秀明 木村和夫 日下部長作

小長井雅晴 三宮正俊 宮代洋一 小賀坂徹 瀬古宜春

湯沢誠 滝本太郎 中野新 篠原義仁 猪俣貞夫

市村大三 福田護 田中誠 中込光一 大川隆司

林良二 久保田寿治郎 小林俊行 佐藤嘉記 佐伯剛

陶山和歌子 関博行 左部明宏 竹中英信 西山宏

児嶋初子 板谷洋 宇野峰雪 岡部玲子 大谷喜與士

大倉忠夫 小沢弘子 北田幸三 輿石英雄 寒河江晃

佐藤昌樹 星野秀紀 鈴木繁次 武下人志 武井共夫

茆原洋子 根本孔衛 岩村智文 西村隆雄 長谷川宰

花村聡 森田明 増本一彦 村野光夫 根岸義道

森卓爾 畑山穣 山本一郎 山本英二 星山輝男

芳野直子 渡邊一成 大谷豊 南雲芳夫 野村正勝

広瀬正晴 古川武志 増本敏子 森田三男 堤浩一朗

小口千恵子 川又昭 山本安志 横山国男 飯田伸一

杉本朗 若林三郎 宮田隆男 藤田温久 中込泰子

福所泰紀 本田敏幸 間部俊明 山内忠吉 岩橋宣隆

影山秀人 矢島惣平 小村陽子 伊藤幹郎 小島周一

山﨑健一 渡邊利之 大西端穂 三嶋健 馬場俊一

藤村耕造 本間豊 宮澤廣幸 稲生義隆 山田泰

高橋宏 山本祐子 山本一行 岡田尚 三木恵美子

米山安則 渡辺智子

主文

原決定主文第一項を破棄する。

前項の部分につき、相手方の申立てを却下する。

理由

抗告代理人佐村浩之、同江口とし子、同新田智昭、同竹中章、同新池谷令、同西謙二、同大須賀滋、同川口泰司、同牧野広司、同月岡英人、同小桐間徳、同森山都留男、同山本有香、同白鳥綱重の抗告理由第三について

一  記録によれば、本件申立ての経緯等の概要は、次のとおりである。

1  本件の本案事件(東京高等裁判所平成一〇年(ネ)第二四六九号損害賠償請求事件)は、高等学校公民科現代社会教科書(以下「本件申請図書」という。)の出版社の教科用図書検定申請に対し、文部省の教科書調査官が検定意見の通知をしたことにつき、当該意見が付された記述部分の執筆者である相手方が、検定制度そのものが違憲であるほか、その制度の運用方法や検定手続が違憲又は違法であり、また、右検定意見の通知とその内容も違法であるとして、抗告人に対し、右検定意見の通知によって右部分の執筆完成を断念させられたことを理由に、国家賠償法一条に基づき慰謝料の支払を求めている事件である。

2  高等学校においては、文部大臣の検定を経た教科用図書等を使用しなければならないものとされ、その検定手続は、教科用図書検定規則(平成元年文部省令二〇号)、教科用図書検定調査審議会令(昭和二五年政令一四〇号)、教科用図書検定調査審議会規則(昭和三一年一一月三〇日教科用図書検定調査審議会決定)によっている。高等学校の現代社会の教科用図書についての手続の概要は、次のとおりである。

文部大臣は、検定申請のあった図書が教科用図書として適切かどうかを、文部省に設置され、文部大臣から任命された委員から成る教科用図書検定調査審議会(以下「検定審議会」という。)に諮問する。検定審議会は、諮問に応じて、文部大臣が任命する複数の調査員に申請図書を調査させるが、文部省初等中等教育局に置かれた複数の教科書調査官による調査も併行して行なわれる。調査員と教科書調査官の調査結果は、検定審議会教科用図書検定調査分科会第二部会現代社会小委員会に報告され、まず小委員会で審議され、その結果は第二部会に報告され、第二部会において審議して議決する。教科用図書検定調査分科会は、第二部会の右議決をもって分科会の議決とすることができ、検定審議会は、分科会の議決を検定審議会の議決とすることができる。検定審議会は、右議決に基づき、文部大臣に対して答申し、文部大臣は、右答申に基づいて、検定の決定又は検定審査不合格の決定をして申請者に通知する。ただし、検定審議会が、必要な修正をさせた上で再度審査を行うことが適当であると認めたときは、文部大臣にその旨報告し、文部大臣は合否の決定を留保してこれを検定意見として申請者に通知する。その通知は、教科書調査官が行う扱いになっている。

検定意見の通知を受けた申請者が、所定の期間内に検定意見に従って修正した内容を書面により提出すると、文部大臣は、検定審議会の再度の審議を経た答申に基づき検定の決定又は検定審査不合格の決定をする。

3  一橋出版株式会社は、文部大臣に対し、本件申請図書の検定を申請したところ、検定審議会において、相手方が執筆した「テーマ[6]現在のマスーコミと私たち」及び「テーマ[8]アジアの中の日本」の部分(以下、これらを「本件部分」という。)等について、検定意見を通知して必要な修正が行われた後に再度審査を行うことが適当であるとの議決がされた。文部大臣は、審議会会長から、右議決内容の報告を受け、申請者であ一橋出版に対しその旨通知することとし、教科書調査官は、一橋出版の担当者に対し、平成四年一〇月一日、本件部分に対する検定意見を口頭により通知した(以下、通知された検定意見を「本件検定意見」という。)。本件の本案訴訟において、相手方と抗告人との間で、本件検定意見の内容、趣旨等について争われている。

4  相手方は、教科書調査官が通知した本件検定意見の内容、趣旨等が相手方主張のとおりであることを証明するためには、原決定別紙文書目録一ないし六記載の各文書(以下「本件各文書」といい、それぞれの文書をその番号に従い「本件文書一」などという。)が必要であり、これらは民訴法二二〇条三号後段の文書に該当すると主張して、その提出命令を申し立てた(以下、この申立てを「本件申立て」という。)。

5  本件申立てに対し、抗告人は、本件各文書は自己使用のための内部文書であり、民訴法二二〇条三号後段の文書には当たらないなどと主張している。

二  本件申立てにつき、原審は、次のとおり判断して、本件文書五、六のうち本件部分に関する部分の提出を命じ、本件各文書のうちその余は提出を求める必要性がないとして申立てを却下した。

本件文書五、六は、文部大臣が教科用図書の検定の結論を出すに先だって検定審議会が審議した結果を記載した文書及びその審議結果を文部大臣に答申(報告)した内容を記載した文書であって、特に秘密にしなければならないものではなく、公開によって不都合が生ずるとも考えられず、その内容を検証する必要があるときは一般に公開すべきものである。外部に公表することを目的として作成されたものではないが、本件検定意見を作成する過程において、検定審議会によって職務上作成された公文書であり、後日、内容を検証することなどのために参照されてしかるべきものである。したがって、本件文書五、六は、専ら文部省が内部で使用するための文書であるということはできず、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当する。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  民訴法二二〇条三号後段の文書には、文書の所有者が専ら自己使用のために作成した内部文書(以下「内部文書」という。)は含まれないと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、前掲事実に照らせば、本件文書五、六は、検定意見を通知し必要な修正が行われた後に再度審査を行うのが適当であるとの検定審議会の判定内容を記載した書面及び検定審議会がその旨を記載して文部大臣に提出した報告書を指すものと解されるところ、これらはいずれも、検定審議会が、文部大臣の判断を補佐するため、本件申請図書を調査審議し、議決内容を建議するという所掌事務の遂行過程において、本件申請図書の判定内容の記録として(本件文書五)、また、議決した内容を文部大臣に報告する手段として(本件文書六)、文部省内部において使用されるために作成された文書であることが明らかである。これらの文書は、その作成について法令上何ら定めるところはなく、これらを作成するか否か、何をどの程度記載するかは、検定審議会に一任されており、また、申請者等の外部の者に交付するなど記載内容を公表することを予定しているとみるべき特段の根拠も存しない。

以上のような文書の記載内容、性質、作成目的等に照らせば、本件文書五、六は、文部大臣が行う本件申請図書の検定申請の合否判定の意思を形成する過程において、諮問機関である検定審議会が、所掌事務の一環として、専ら文部省内部において使用されることを目的として作成した内部文書というべきである。

3 以上によれば、本件文書五、六は、民訴法二二〇条三号後段の文書に当たらず、抗告人は、右規定に基づく文書提出義務を負うものではなく、右各文書の提出を求める相手方の申立ては理由がない。

四  したがって、これと異なる原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は裁判の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

論旨は理由があり、その余の抗告理由について判断するまでもなく原決定主文第一項は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、同項に関する相手方の申立ては理由がないから、これを却下することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

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